トヨタ自動車、2014年度内の燃料電池搭載セダンの市販発表

神谷 龍彦

 2014年6月25日は自動車史に残る日になるかもしれない。トヨタ自動車が燃料電池採用のFCVセダン(SUVタイプは日米ですでに限定販売=リース)を14年度内に市販すると発表したからだ。価格は700万円程度、水素ガスの充てん時間はおよそ3分間、マイナス30℃まで対応可能で、航続距離は約700kmだと言う。もちろんCO2はゼロである。ただし、この日発表されたのは昨年のモーターショーでも登場したコンセプトカーに極めて近い外観(ブルー)だけだが、プライスや発売時期が正式にアナウンスされた意義は大きい。ちなみに、アメリカでは7月の初旬にブルーとシルバーのモデルが公開された。いずれも生産は日本国内である。
 燃料電池の原理は水の電気分解の逆だと説明される。ここで改めて電気分解について説明してみよう。理科が得意な人、記憶力に自信のある人はパスしていただいて結構です。水を電解質(電気が通るよう物質)にするために、水酸化ナトリウムや硫酸銅などを溶かす。その中にプラスとマイナスの電極を作ると、プラス側には酸素、マイナス側には水素が集まる。試験管にガスを貯めて火を点けるとピュッと音がして燃えるのが水素。炎が急に元気になるのが酸素。なぜ酸素や水素が集まるかについてはイオン化の問題が欠かせないが、ここでは省略する。
で、燃料電池はこの逆。つまり、化学式で表すと2H2+O2→2H2O。だから、水素と酸素を反応させれば出てくるのは水だけということになる。この過程で電気が生まれる。と、ここまではいい。しかし、水素と酸素をただ一緒にしただけではそうはゆかない。この化学反応を起こさせるためには触媒という仲人が必要になる。それは現時点ではプラチナだ。コレ、とっても高い。もちろんほかの素材の研究もなされているが、今のところはあまりうまくはいっていないようだ。

燃料電池の内製にこだわるトヨタクルマ以外でも極めて重要な発電機

ぼくが燃料電池の講義を初めて受けたのは1990年代の後半、ドイツのベンツ本社だった。ドイツ語から英語への通訳での説明だったから完璧に理解できたわけではない。ただ、夢物語としてもスゴイなあとは思った。燃料電池を搭載したワンボックスにも短時間だけ試乗できた。正確には忘れてしまったけど、実用化は2014年だか、2015年になるとか……。
ところが、その1年くらい後にトヨタ自動車も似たようなシステムを公開した。それを見たベンツはその先進性に驚いたという。そんなこんなありつつ、時代の軸足は燃料電池車からハイブリッドに移る。とりわけトヨタのそれは絶賛を浴びる。日産の電気自動車の比ではない。そんな最中にトヨタからFCV市販の具体的ニュースだ。
過去の同社の燃料電池車との違いは、①燃料電池の性能向上(出力100kW以上 最高速度170km/h以上)とコンパクト化、②高圧水素タンクの性能アップ(4本→2本)と低コスト化、③燃料電池システムの進化だ。水素の貯蔵方法には、このモデルのような高圧水素タンクのほかに、水素吸蔵合金、液体水素タンクなどがある。燃料電池の凄いところは、単に無公害というだけではなく、その効率の良さだ。クルマだけでなく、家庭用などとしても極めて優れている。一般家庭なら1週間以上の電力供給能力を持つ。しかも、水素は石油などと違って場所による偏りがない。
トヨタは燃料タンクなどのFCスタックの内製にこだわっている。発売時期も当初より1年ほど早まった。なぜ? それは、開発が加速したこととモノが見える形が先にある方がいいだろうという判断からだと説明された。それまでFCHVと呼んでいたのに今回からFCVとなったのは「とくに理由があるわけではない。燃料電池といえども実際にはHVと変わりない(燃料電池とバッテリー)ので、業界共通の呼び方の方いいと思っただけ」とか。
しかし、そこにはできるだけ早く世界のスタンダードの位置を占めておきたいという強い意志がありそうだ。この点では、未完成とはいえ他社に先駆けて自動運転車に試乗させた日産と似ている。先んずるものは敵を制す? でも、後からきたメーカーに追い抜かれることもあるからねえ……。
700万円という価格も決して安くはない。が、2025年頃には現在のHV車並みの200万円台に収めたいという。このあたりはメーカーのコストダウン努力だけでなく、政府からの補助金も欠かせないから、発表会で通産産業省のお役人が挨拶に立ったのも故なきことではない。さらに、インフラも重要だ。当初は東京、大阪、名古屋、福岡の4大都市圏での販売が中心となる。なにせ水素ステーションの建設には現時点では5億円ほどかかるという。規制緩和で安くなったとしても、誰でもが手を出せるコストではない。
他の国産メーカーではホンダが15年中、日産が17年に市販に踏み切るらしい。ただ、日産はさしあたりEVの販売増の方を目指すかもしれない。と、まあ、メーカーごとに温度差はあっても、燃料電池が次世代のエネルギーの中心になるのは間違いない。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのHVだって、最初は半信半疑だった。少なくともぼくは。その反省も含めて、トヨタのFCVには大いに期待したい。

東京モーターショー発表モデルとの違いはドアミラーくらい?

誇らしげに“世界初”を発表するトヨタの加藤光久副社長


最終更新日:2014/07/17