アイドリングストップ機構の進化を見る

飯塚 昭三

 燃費の改善を求められるガソリンエンジン車としては、今後アイドリングストップ機構は当たり前の装備になると思われる。実際、それを装備した車種が増えている。そのアイドリングストップ機構の進化も興味深いものがある。

 2010年次のRJCテクノロジーオブザイヤーにはマツダのアイドリングストップ機構「i-stop」が受賞した。これは新発想によるユニークなアイドリングストップ機構であった。どこがユニークかというと、スターターモーターを使わずにエンジンを再始動しようという発想から生まれたことだ。結果的にはアシストする形でスターターモーターをわずかに使うが、筒内直接噴射(直噴)エンジンの特質を利用したユニークな機構である。つまり、停止しているエンジンの燃焼行程にあるシリンダーに燃料を吹いて点火、燃焼させて回転力を発生させるもので、それをスターターモーターがアシストして完全な再始動を行なう。

 その意味からすれば日産マーチのアイドリングストップは、仕上がりの良し悪しは別として機構としてはオーソドックスなものだ。だが、次に出た新型車日産セレナのアイドリングストップ機構はオルタネーターを利用して再始動するという新しい機構を持っている。オルタネーターは交流発電機であり、これはモーターにもなるので、これで再始動しようというものだ。この利点を述べる前に普通のスターターの機構について説明しておこう。

 通常のエンジン始動は、スターターモーターを回すとピニオンギアがその軸上を移動して、フライホイール外側に設けたリングギアに押し込まれる形でかみ合い、回転力を与える。エンジンが掛かってスターターモーターのスイッチをオフにするとピニオンギアは元の位置に戻る。このピニオンの動きはソレノイドコイルの磁力で行なわれるが、始動のたびにピニオンが移動してリングギアに押し込まれるという回転以外の機械的な動作を伴う。

◆オルタネーターを使ったセレナの機構
 2010年11月発表のセレナのアイドリングストップ機構はオルタネーターを使うので、エンジンとはベルトでいつもつながっている。通常は発電機として働いているオルタネーターは、再始動する場合はモーターとして働くが、回転はベルトを介して伝えられるのでピニオンを押し込むといった機械的な動きはない。したがってスムーズにエンジンに回転力が与えられる。ただし、通常のスターターモーターも備えている。オルタネーター/モーターを使うのはあくまでアイドリングストップからの再始動時である。それは、オイル粘度の高くなっている零下25度といった悪条件での始動をも保障する性能を備えている必要があるからだ。アイドリングストップからの再始動はエンジンも温まった状態であり、その意味では条件が厳しくないので、オルタネーター/モーターで充分に再始動が可能なわけである。
 
 なお、これに似た機構は以前にもあった。トヨタマイルドハイブリッドと呼ばれた機構「THS-M」で、クラウンに搭載されたものだ。しかし、その名のとおりアイドリングストップ機構というよりアイドリングストップ機能の付いた簡易ハイブリッド機構というべきものだった。セレナの機構と違うのは、エンジン側に電磁クラッチが付いていて、オルタネーター/モーターとエンジンは断続できるようになっていること。またオルタネーター/モーターも大型のもので、車両をモーターで発進させながらエンジンの再始動を行なうものだった。

◆ワンウェイクラッチを使ったヴィッツの機構
 セレナ発表の直後2010年12月に発表になった新型ヴィッツも「スマートストップ」と呼ぶ新しいアイドリングストップ機構を備えていた。これはスターターモーターのピニオンとリングギアは常にかみ合っているが、リングギアの内側にワンウェイクラッチを設けることで、エンジン側とスターターモーター側を断続するようにした機構だ。したがってこれもピニオンギアの押し込みのない常時かみ合いの機構である。

 通常のスターターモーターも実はエンジンからの回転でモーターが過回転しないようにピニオンの脇にワンウェイクラッチを持っているが、ローラーを使った小さなもので、オンオフを頻繁に使うことを想定したものではない。したがってエンジンが掛かると速やかにピニオンギアは移動してエンジンから切り離されるのが普通のスターターモーターの基本である。

 エンジンの回転が完全に止まらないうちにスターターモーターを回すと「ガガガ」と異音を発してうまくかみ合わないことは皆さん経験していると思う。そのためアイドリングストップも車両が完全に停止してから燃料をカットしてもエンジンが止まるのに約1秒掛かる。それから再始動が可能になるというのが普通。しかし、このワンウェイクラッチを使ったヴィッツの機構では、車両が停止すればエンジンがまだ完全に止まらなくても再始動が可能だ。たとえば、赤信号で止まった瞬間すぐに青になり再スタートするような場合、エンジンは完全に停止していなくても再始動が可能になる。このことはきめ細かいアイドリングストップを可能にするものだ。しかも常時かみ合いでスムーズに再始動を行なえる。

 いずれにしても、再始動のたびに2軸のギア同士をかみ合わせるといった原始的な機構(マニュアルトランスミッションは常時かみ合い式で実際の結合は同軸上で行なっている)はやがて消えていくべきものと思う。

ヴィッツに搭載されたスマートストップ(図右)。スターターモーターのピニオンギアとフライホイール外周のリングギアは常時かみ合いで、フライホイールの内側にワンウェイクラッチを設けて回転力を断続している。


最終更新日:2011/01/27