高性能蓄電池の発明を奨励した豊田佐吉

栗山 定幸

 大正14年に、あの豊田佐吉が、「毎年10万円ずつ5年間で50万円を寄付し、その利息によって蓄電池の発明奨励を行い、適当な時期に蓄電池の100万円懸賞募集を行い、当該発明がある時には残りの50万円を支払う」という契約を発明協会と結んでいる。

 豊田英二トヨタ自動車元会長によると、その性能目標は、「100馬力で36時間運転を継続することができ、かつ重量60貫、容積10立方尺を超えないもので、工業的に実施できるもの」ということだった。ちなみにこのとき佐吉翁のイメージにあったバッテリーの目的は、EVではなくて「それを飛行機に載せて飛ばそう」ということにあった。

 さらに、それでもまるっきり見込みの無いものをやると「佐吉は馬鹿か」ということになるので、ある学者が、バッテリーに関係の深い大学の先生にそのあたりを尋ねると、その大学の先生は「まるっきり見込みが無い…、とは言い切れない」といったと伝えられている。(「自動車技術の歴史に関する調査報告書」1994年度)

 ついでに言うとその試験・研究の必要のために「豊田研究室」というのが作られ、昭和3年から21年まで活動したそうだ。(月刊「自動車販売」1996年11月号スクランブル「佐吉とEV」)
 
いずれにしてもそのバッテリーが、EV時代到来などと囃されるレベルにまでなったのは、ご同慶の至りと言って良い。

 だが手放しで、EV時代到来…、なのか。とりあえず指摘したいことが2つある。
その1は、EVがトータルでCO2削減に寄与する代物なのか吟味が必要ではないか、という点だ。

 EVが、たとえば日本で、保有7000万台の何割を担うことになるのか分らないが、その電力供給過程での地球温暖化寄与率はどうなのか。まさか、太陽、風・波力、小規模水力などの発電でカバーできます、あるいは原子力でというのではあるまい。

 国家のエネルギー戦略としてはやはり、石油以外で代替できるエネルギー需要は電力などにシフトし、石油は代替の難しい移動体(自動車)に、ということになるのではないか。

 第2は。100余年の人類の経験と英知の積み重ねの結果である、絶妙なマン・マシン・システムの価値と恩恵を、EVブームにとらわれず過不足なく評価すべきである、という点だ。


最終更新日:2010/2