308のシートベルト警告灯に見るプジョーの心

宮本 喜一

 4.3メートルにも満たない全長に対して、幅が1.8メートルを少しばかり上回る独特のプロポーションが特徴的なプジョー308、このニューモデルには、人を大切にする設計者の哲学、とまでは言わなくても、“やさしさ”がよく現れた装備がついている。シートベルト警告灯だ。
 
「なんだ、そんなものか」という読者の反応が返ってきそうだ。確かにこの種の警告灯は珍しくはない。プジョー以外のメーカーの乗用車にもついている。ただし、この308のそれは、警告灯がこのクルマに乗り込んだ人たちひとりひとりに、「わかっていますよね、締めていますよね」と語りかけてくるような嫌味のない、そして独創的なデザインだ。
 
 “警告灯”と言えば、計器盤の一部として扱われているのが普通だ。言い換えれば、従来、ドライバーだけを対象に、油圧やブレーキなどさまざまな警告を与えてきた。ところがこの308の場合、シートベルト警告灯は、通常の計器盤はもとより、乗員全員の認知を狙って、ルームミラーの上部にもつけられている。もちろん5人全員の装着状態が確認できる。プジョーは、プジョーに乗ったユーザーを大切にする、というメッセージがこの警告灯から明確に読み取れるではないか。クルマを単に“コストの固まり”と考えない。必要なものは重複していても、コストがかかっても装備する。プジョーはこの308で、われわれ消費者に向かってこんなメッセージを発している。その起業姿勢に素直に敬意を表したい。
 
いうまでもなく、ドライバーは、乗員の安全について法律的には100パーセントの責任を負っている。とはいえ、シートベルトを締めて自分の身の安全を図るのは、そのドライバーの責任以前に、個人個人の意識の問題だ。プジョーはそれをさりげなくこの警告灯のデザインで巧みに表現している。308のカタログによれば、“シートベルト装着警告灯”というのが正式名称のようだが、むしろ、シートベルト装着“表示”灯という名称のほうがふさわしい、と思う。
 
道路交通法が改正になって、後部座席のシートベルトの使用が義務づけられた。前席のシートベルトの効果が社会的な経験としても十分認識されているにもかかわらず、法的に規制されないとつまりわかりやすく言えば「おまわりさんに注意されないと」後部座席のシートベルトをしないですませる、という安全意識の低さ、想像力の貧困さには、開いた口がふさがらないのは、私だけだろうか。報道によれば、後部座席のシートベルト使用率は10パーセントにも達していなかったという統計があるという。自分の命、同乗の家族の命さえも大切にしない人が、他人の命の大切さを考えてクルマを運転するはずがない(そんなドライバーがこれまでは10人中9人もいた!)。何とも空恐ろしい話ではないか。
 
だから、改正道路交通法が施行されて2日目の某テレビ局のニュース原稿を読むアナウンサーが、「私もきょうから締めています」と番組中にのたまわったのには、開いた口がふさがらなかった。しかもその横に座っていたそのテレビ局の“解説委員”までもが「私も」と言ったのには、ひっくりかえった。自らの安全意識の低さを得意気に露呈して、全く恥ずかしいと思っていないのだ。こんな意識の人たちが報道するニュースにどれほどの信頼をおいてよいのだろうか。
 
このプジョー308のシートベルト警告灯から、さまざまなものが見えてくる。フランス人のクルマに対する考え方が日本人のそれとは質的に違う、と考えさせられてしまった。このようにクルマにはまだまだ“本来的に”しなければならないことがあるはずで、それを見逃さず真摯に追求しているエンジニアが、フランスに限らず、他の国のメーカーにも数多くいると信じたい。


最終更新日:2010/04/16